幸せは「なるもの」ではなく「感じるもの」 名古屋市熱田区浄土真宗 大谷派 白毫寺

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幸せは「なるもの」ではなく「感じるもの」

絶対の幸福に気づくために

みなさん、私たちは誰しも「幸せになりたい」と願いながら生きています。

では、その幸せとはいったいどこにあるのでしょうか?

多くの方は、「欲しいものが手に入った時」「望んだ結果を得た時」「好きな人と結婚できた時」「会社で出世した時」こうした瞬間に「幸せになった」と感じます。

しかし、よく考えてみると、手に入れた喜びは、時間が経つと薄れていきます。出世しても責任が増え、苦しさを感じることもあります。「幸せになったはずなのに、なぜ心は満たされないのか?そんな思いを抱いたこともあるでしょう。

❝幸せになった❞のではなく、❝満足を感じた❞だけ

仏教では、こうした状態を❝相対の幸福❞と呼びます。条件が整った時だけ感じられる、移ろいやすい幸福です。

欲しいものが手に入った時、望みが叶った時、確かに心は満たされます。しかし、時間とともに薄れ、新たな欲が生まれ、さらに次の幸せを求め続けてしまいます。

まるで水を掬っても指の間からこぼれ落ちるように、掴んだはずの幸せが長く続きません。

幸せは❝なる❞ものではなく、❝感じる❞もの

仏教が教えるのは、「幸せは外から与えられるものではない」ということです。

幸せとは、何かを得た時に生まれる❝結果❞ではなく、今ここにある命を味わう❝心の働き❞です。

つまり、幸せは❝なるもの❞ではなく、❝感じるもの❞なのです。

朝、目が覚めたこと、食事がいただけること、住む場所があること、誰かと話せること、今日という一日が与えられていること。

これらは、「手に入れたから幸せ」ではなく、既に与えられている幸せです。

色あせない幸せ絶対の幸福

仏教では、このすでに与えられている幸せに気づくことを❝絶対の幸福❞と呼びます。

外の条件に左右されず、失われることも、色あせることもない幸福です。欲が満たされた時だけ幸せになるのではなく、今ある命をそのまま味わうことで幸せを感じることです。

その心が育つと、日々の出来事が❝感謝❞へ変わり、人とのご縁も穏やかに続いていきます。

今日からできること

幸せの順番を変えてみましょう。

手に入ったら幸せでなく、今あるものに気づくから幸せへ。

その気づきが、私たちの心を静かに満たし、色あせない幸福へと導いてくれるのです。